お灸を据える
10分遅刻した程度で機嫌が悪くなるような人間とはつきあえない。
開き直って遅刻を正当化する気はないが、それにしても人間が小さすぎますなあ。仕事でもないのにそこまで堅苦しく生きてどうする?あえて善悪を定めるなら俺が悪いのかもしれないが、いずれにせよそんな人間と関わりたくはないですな。つうか、ここしばらくそんな人とおつきあいはないのですが。
それにしても腹がたつのは、
お灸は懲らしめではありません はり灸師会がアピールへ
お灸(きゅう)は懲罰ではなく治療行為です――。はり師やきゅう師らでつくる公益法人「東京都はり・灸(きゅう)・あん摩マッサージ指圧師会」(福島晃会長)は18日、「懲らしめのため強くしかる」との意味で広く使われている「きゅうを据える」の表現を見直すよう活動することにし、近く国語辞典などの出版社に申し入れることを明らかにした。
というニュース。「お灸を据える」なんていう言葉は日本語の中で慣用句として定着している言葉なのに、それを一部の業界にとって都合が悪いからといって日本語の方を変えろというなんて頭がおかしいとしか思えない。変えるのなら「お灸」という言葉をCIして別の言葉にするのが筋と言うものでしょう。
あともう一つ腹がたつのは、最近政治家がやたらTVや映画の内容について口を出してくること。もともとああいった表現内容に口を出してくるのは、物事のセンスの分かっていない見識の狭い人間に限ってやりたがることで、ちょっとでも物事の分かっている人だったら、たとえ自分が全く理解できないくだらないものでも、そうそう「必要のないもの」として存在そのものを排除したりはしないもの。よって、頼まれてもいないのにああやって表現内容に口を出してくる人は、
「俺は見識の狭く知能の低い人間です」
と自己紹介しているようなものですね。
(「バトルロワイヤル」に関しては、映画版の出来がよほど悪いんじゃないかと推察してますが)
「ネプ投げ」は、あの群集が集まって無理矢理もりあげる雰囲気や、パンチラを見せるだけのひねりも何もないくだらないネタは大嫌いで、そもそもまったく面白くない企画だったが、それにしても外部の圧力で「表現内容に問題がある」として打ち切られる性質のものではないのは確かだと思いますが。
2000年12月20日02時17分